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2012/04/03 23:11:38
ぐったり侍さん 男性 30歳
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NO.768089
ぐったり侍さん
2012/04/15 14:25:02
男性 30歳
コメント:
>定義できると思ったから
>「である」「でない」って分けられるってことになっちゃうけど

そもそもの前提の立て方がおかしいです。
貴方の書いた内容を書き直すなら

「物事の原因と結果という連鎖が途切れる、途切れないかということについて、ある体系ではアプリオリに定義できる。」

です。
よって、その「ある体系」においては「である、でないで定義できます」となります。
別の体系ではわかりません。

>そして、観測結果と現象結果が一致すればそれ以外に答えはないと言い切れる?

ないなんて一言も言ってません。反証可能性があるってずっといってます。
その質問が出てきてしまうということは、やはり理解されていないということでよろしいでしょうか。

そして私は「現在ではそれ以外の答えは必要ない」っていってます。
そして必要があればそれを組み込むだけ。
私がそう決めたわけでもなく、たんなる自然科学の基礎的な考え方ですよこれ。

>人間が認識できない法則によって...なんて言ったら問題にならないに決まってるでしょ

だから、それらはただの推測で、哲学で思想で、そして信仰だと、はじめから言ってるじゃないですか。
それをなお「そうじゃない」というのであれば、それの根拠を示してくださいってだけなんですけれど。
あくまで考察ですから、別の考察があればそれを示して欲しいし、考察そのものに矛盾があれば示して欲しいんですが。

>ということは根拠は、人間が認識できない法則があればすべて納得がいくから?

現在わかっている部分から導かれたことが、そのような法則がある可能性を示しているからです。
そしてそのことを踏まえたうえで、自分にとって納得のいくことを推測し、信仰しているのが私が提唱したものです。


>なぜ基準の部分が永遠にかかる?

「永遠」という要素によって、その基準が確定できないものとなると考察したからです。
これはカントの超越論的観念論でのアンチノミーに基づいています。

>そんな事を求めていないよね

という例は上記の考え方に一致しません。
「この子」という要素によって「男の子」かどうかの基準が変わるものではないからです。

前述したとおり、永遠が存在するかという命題のアンチノミーから、「永遠に途切れないかどうか」は「途切れる途切れない」という基準ではなく、「永遠の実在」の是非を問うものとなるからです。

>数学的だろうがなんだろうが「永遠」のような基準がないものは
>ある、ないのように問えないんだよね?

このへん、私もよくまとまらなかったので、もっと詳しい人に聞いてみました。

数学的な無限と、時間と空間での永遠は別で、さらに言えば数学的無限についても可能無限、実無限のどちらをとるかで立場が異なるということです
それが正しいかわかりませんが、とりあえずそのあたりから調べてみることにします。
ただ、この説明を受けて再考するなら「抽象的だから」というよりも「『永遠』がその実在のある、なしで問えるものではないから』ということになり
このほうがより私の考え方を正しくあらわしていると思われます。


>矛盾となるわけ

「可能性がある」ことを問うのは、「この世界」からみたものであり、ビッグバン以前がどのようなものであろうと、そもそも存在が問えなくとも、この問いにおける「可能性」というものは「この世界」の要素でのみ作られています。
そして「可能性がない」ことは「この世界」では真と証明されていない(できない)ため、「可能性がある」で問題ありません。
ポイントは、可能性を問うのは「この世界」での論理に基づくという点です。

ただ、ご指摘されたところとはまったく違うところからみるなら、非常に面白く、そしてなるほどと思える意見でした。
それは、可能性のあるなしには変異はなくとも、「法則」というそのものの概念の変化は要素として考慮に入れるべきか、という点です。

>抽象的なものは「ある」「ない」で問えなくなるよね

前述したとおりです。
それは文面を定義すればなんら問題はありません。
この例で言っているのは、想定されていない一見するとまったく関係ないような要素が現象に絡んでいる可能性の有無です。
そしてそれは否定できないという単なる自然科学の基礎概念です。
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